お盆のシフト表が貼り出された瞬間、胸の奥がすっと冷たくなった。そんな経験はありませんか。
三か月前から予定していた家族旅行。勇気を出して出した希望休は、しっかり日勤で埋まっていました。その隣で、いつも通りに三連休を取っている先輩の名前。誰にも言えないまま、更衣室でロッカーを閉める音だけが少し大きくなる。
私自身も看護師人生のなかで、この季節に何度も同じ気持ちを味わってきました。夏は病棟にとって、暑さと人手不足と患者さんの体調不良が重なる、一年でもっとも余白のない時期です。だからこそ、シフトをめぐる小さなすれ違いが、人間関係そのものを傷つけてしまいます。
「わがままかもしれない」と思った時点で、あなたはもう十分に周りを見ています。
モヤモヤの正体は「休めないこと」ではありません
相談を受けるとき、私はまずこう尋ねます。「もし、なぜその日程になったのか納得できる説明があったら、気持ちは変わりますか」と。すると多くの方が、少し考えてから「たぶん、それなら受け入れられます」と答えます。
ここに本質があります。私たちが本当につらいのは、休めなかったという結果ではなく、決まり方が見えないことによる無力感です。心理学では、結果そのものよりも「決定プロセスの公正さ」のほうが、人の納得感や職場への信頼を大きく左右することが知られています。手続きが透明であれば、望まない結果でも人は受け入れられる。逆に、結果が同じでも過程が見えなければ、不信だけが残るのです。
メンタルヘルスの視点で言えば、この無力感が長く続く状態はバーンアウトの入り口です。「言っても無駄だ」という学習性無力感が育つと、人は希望を出すこと自体をやめてしまいます。そして皮肉なことに、希望を出さない人が増えるほど、シフトはますます一部の声の大きい人に合わせて組まれていきます。
黙って我慢することは、優しさではなく、不公平を固定する一票です。
お盆のシフトが不公平になる3つの原因
原因1:希望休のルールが明文化されていない
「希望休は月3日まで」と口では言われていても、お盆や年末年始に何人まで重ねてよいのか、重なったときにどう決めるのかが文書になっている職場は驚くほど少ないものです。私が新人だった頃の病棟にも、そんな紙は一枚もありませんでした。あるのは「去年はこうだったから」という記憶と、なんとなくの序列だけです。
ルールがないところには、必ず暗黙の優先順位が生まれます。勤続年数、子どもの有無、声の大きさ、師長との距離。どれも悪意ではありませんが、明文化されていない基準は、当事者にとっては「えこひいき」としか見えません。
原因2:遠慮した人が損をする構造になっている
看護師には、people pleaser、つまり人を喜ばせることを最優先にする傾向を持つ方が多くいます。だからこそ患者さんに信頼される一方で、自分の希望を後回しにしがちです。「独身だから」「子どもがいないから」「ベテランが先だから」と、自分から一歩下がる。
けれども、その譲り合いが繰り返されると、譲る人と譲られる人が固定化します。三年も続けば、それはもう文化です。
原因3:調整の負荷がシフト作成者に集中している
忘れてはいけないのが、シフトを組む側の消耗です。夏季休暇、有給、研修、夜勤回数の上限、経験年数のバランス。これらを一人で背負って三十枚のパズルを解いている師長や主任もまた、余裕を失っています。余裕がない人は、いちばん文句を言わない人のところで調整します。悪意ではなく、単純に負荷の問題です。
あなたを軽んじているのではなく、あなたが「安全な調整弁」になってしまっているのです。
職場を敵にしないで、モヤモヤを解消する4つの方法
方法1:事実と解釈を紙の上で分ける
怒りや悲しみが強いときほど、私たちは事実と解釈を混ぜて記憶します。ノートを開いて、左に事実、右に解釈と書いてみてください。
- 事実:8月13日から15日の希望休を6月20日に提出した。シフト表では3日とも日勤だった。
- 解釈:私は軽く見られている。師長は先輩ばかり優遇している。
右側は、まだ確かめていない仮説にすぎません。認知行動療法で使う基本の手順ですが、これを一度やるだけで感情の熱が三割ほど下がります。熱が下がった状態でなければ、次の会話はうまくいきません。
方法2:責める質問ではなく、確かめる質問をする
「どうして私だけ通らないんですか」と聞けば、相手は防御に入ります。代わりに、こう聞いてみてください。
「お盆の希望が重なったとき、どういう順番で決めているのか教えていただけますか。来年のために知っておきたくて」
これは責める質問ではなく、確かめる質問です。しかも「来年のために」という未来志向の枕詞がつくことで、相手は攻撃されていると感じません。私はこの聞き方を四十代で覚えてから、師長との関係が驚くほど楽になりました。ちなみに、この質問に明確に答えられない職場は、ルールが本当に存在していないということです。それ自体が大きな発見になります。
方法3:個人の交渉を、仕組みの提案に変える
「私を休ませてください」は個人の要求ですが、「決め方を決めませんか」は職場全体の提案です。後者のほうが、はるかに通りやすい。たとえば次のような案を、カンファレンスや病棟会議で出してみてください。
- お盆と年末年始は「昨年取得できなかった人を優先する」というローテーション制にする
- 希望が重なったら、当事者同士ではなく全員が見える場でくじや順番表を使う
- 取得実績を年に一度、匿名の集計で共有する
ポイントは、師長を責めずに師長の負担を減らす形で出すことです。調整に疲れている人ほど、公平な仕組みの提案を歓迎します。
方法4:制度の根拠を、静かに知っておく
年次有給休暇は、原則として労働者が指定した時季に取得できるものです。使用者が別の日に変更できる時季変更権は、「事業の正常な運営を妨げる場合」に限られ、これは繁忙期に多数の請求が集中して全員に付与しがたい場合など、かなり限定的に解釈されています。代替要員の確保が可能かどうかも判断材料とされます。
これは武器として振りかざすものではありません。ただ、根拠を知っている人は落ち着いて話せます。落ち着いて話せる人は、感情的にならずに希望を伝えられます。知識は、あなたの声のトーンを整えるために使ってください。
交渉が上手な人とは、強く言える人ではなく、静かでいられる人のことです。
今日からできる5つのアクション
三つめの「理由ではなく日付と優先度で伝える」は特におすすめです。「祖母の法事で」「子どもの行事で」と理由を添えると、理由の重さで序列がついてしまいます。そうではなく、「8月14日が第一希望、15日が第二希望です。どちらか一日だけでも助かります」と伝える。理由の競争から降りることで、あなたの希望は初めて対等に扱われます。
五つめも忘れないでください。シフトが希望通りにならなかったとしても、夏が終わってしまうわけではありません。休みが取れた日に、半日だけでも自分の予定を先に入れてしまう。私は五十代になってから、月に一度「誰にも会わない半日」を手帳に先に書き込むようにしました。たったこれだけで、シフト表への恐怖がずいぶん和らぎました。
伝え方を学び直すという選択肢もあります
とはいえ、こうした伝え方は現場で自然に身につくものではありません。私も三十年かかりました。もし独学がつらければ、アサーティブコミュニケーションや交渉術の本を一冊読んでみるのも近道です。看護の専門書ではなく、あえてビジネス書の棚から選ぶと、感情から距離を置いた技術として学べます。 [新版]アサーティブ 「嫌われない自己主張」の技術 (PHPビジネス新書) [ 大串 亜由美 ]価格:1045円(2026/8/3 22:14時点)
また、話す練習を一人でするのが難しいときは、キャリアコーチングのような第三者との対話の場を使う方法もあります。職場の外に一人でも味方がいると、それだけで職場での声が出しやすくなります。無料相談から試せるサービスもあるので、こういう選択肢もあると知っておくだけで十分です。
環境を変える前にできることは、まだ思っているより残っています。
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まとめ|公平さは、誰かがつくらないと生まれません
お盆のシフトへのモヤモヤは、わがままではありません。それは「この職場をもう少しまともにしたい」という健全な感覚が、あなたのなかでまだ生きている証拠です。
今日お伝えしたのは、事実と解釈を分けること、確かめる質問をすること、個人の要求を仕組みの提案に変えること、そして制度の根拠を静かに持っておくこと。どれも劇的ではありませんが、確実に空気を変える方法です。
そしてもし、ルールを尋ねても答えが返ってこない、提案しても検討すらされない、そんな職場であるなら。それはあなたの努力不足ではなく、その組織が変わる力を持っていないというだけのことです。そのときは、場所を変えることも立派な自己防衛です。
この夏、あなたが少しでも自分のための時間を取り戻せますように。あなたのキャリアを応援します。

