30年以上仕事を続け、もう少し頑張れば定年を迎えられたのかもしれないのに。
退職を考えるきっかけとなっただけにすぎないけど、一身上の理由としたものは父の認知症のはじまりだった。
1年以上、月1,2回週末片道2時間の実家の往復。父というより、父を看ていた母の気分転換のためかな。
くたびれたのもある。だけど、この曖昧な喪失を体験すると、仕事をしていても時々ふっと脳に現れる両親の思考。
「あーあ、娘が独り立ちして、後ろ髪惹かれず自分のために時間もお金も使えると思ったのに。。。」
コロナ禍で父の認知症は発症と進行を早めましたね。そして自分の更年期障害。それと仕事の両立はしんどかったです。
私には、幸い、資格と経験と、何よりも仲間がいた。資格を取りに行っていた2年間とそこからの10年間、支えてくれて必要としてくれた仲間がいて、大学ではいわゆる教え子という慕ってくれる卒業生がいた。
そういうのが全部まとめて何よりも強い安心感、保証となったのだと思う、
「あ、、、辞めよ。自分のやりたいことだけやりながら、両親を支えよう。」と思ったのです。
「父はいつまで私を娘だと認識しているだろう」そんな不安を抱えながら、母のストレスを軽減しながら、
看護師として頭ではわかってても、毎度同じ話を聞かされる苦痛の隠せなさとの戦い、
そんな戦いをしながらの気まぐれ日記です。気づけば前回の投稿から2ヶ月も経っていた。。。まったり行こう。
