「何て声をかければいいんだろう」
「どう接したらいいかわからない」
家族が精神的に苦しんでいるとき、そう感じている方はとても多いです。でも、そのもどかしさを抱えているあなたは、決して冷たいわけでも、無関心なわけでもありません。
むしろ、「わかってあげたい」と思っているからこそ、苦しいのだと思います。
「わからない」のは当然のこと
精神的な苦しさは、骨折や発熱のように外から見えません。本人自身も「なぜこんなにつらいのか」をうまく言葉にできないことが多いのです。
だから、家族がわからなくて当然です。わからないことは、あなたの失敗ではありません。
「理解する」より先にできること
完全に理解できなくても、できることがあります。
たとえば、こんな言葉をそっと伝えてみてください。
「今日はそこにいるだけでいいよ」
「話したくなったら聞くよ」
「何て言えばいいかわからないけど、そばにいるよ」
正しい言葉を探さなくていいのです。「わからないけど、そばにいる」——その気持ちが伝わることが、本人にとって大きな支えになります。
支える側も、消耗していい
家族を支えていると、自分のことを後回しにしてしまいがちです。でも、支える側が心身ともに疲れ果ててしまうと、長く寄り添うことが難しくなります。
あなた自身が誰かに話を聞いてもらったり、休んだりすることも、ケアの一部です。自分を大切にすることは、わがままではありません。
おわりに
「わかってあげられない」と感じながらも、それでも一緒にいようとしているあなたへ。
完璧な理解者でなくていいのです。ただ、そこにいてくれること——それだけで、本人の心はずいぶん違います。

