ICUで勤務後、看護師歴10年目のとき、定例の人事異動で希望していない精神科に異動することになった。
学生依頼、精神科は難しさと不得意さで興味がなく行きたくない病棟No.1だった。
だから、長居はするつもりはなかった。
今思い出そうとしても1年間は、いい思い出がないので、省略。
1年くらい経った時、一人の患者さんが気になってしょうがなかった。
10代後半の女の子、自傷行為のために薬物療法が行われ、その副作用で眠気も強く、食事も一人で座っていられず、それ以外も日常生活は全介助だった。
1年間精神科看護を勉強していなかったに等しい私は、これは一体なんのためになんの治療をしているのか、今後この子にどんな効果があるのか、複雑な気持ちでケアしていた。
ある時入浴介助をしていたら、ちょっと目を離した時、床に倒れた。(え。今、どこで転ぶ場所やタイミングがあった?)こういう時、転倒したのでインシデントレポートが課せられるという時代(今もかな)。反射的にそんな思考も出てきたのだけれど、音はしなかったし、観察すると打撲等の兆候もなかった。医師に報告しなければならなかったが、問題は無さそうだったのでとりあえず更衣をしながら、「今、なんでころんだの?」と素朴な疑問を直接聞いた。「先生来るんでしょ?観てもらうんだよね?」という。この時は異和感をもちつつ診察をしてもらいインシデントレポート書いた。
後日、ナースコールがあり行くと「目にリップクリームを塗るから貸してほしい」という。「先生呼んで!」という。「先生に来てほしいんだ、もしかして先生に会いたくて自傷行為してるのかな?」と聞くと頷く。びっくりした。
ここで薬が増量になって動けなくなるような状態になってきたんだろうな。
「なんで先生に来てほしいの?」 「・・・」
「もしかしてすきなのかな?」 「・・・(うなずく)」
「だったらさ〜そんなことしなくても好きだって言わないと!転んだりリップクリーム塗ったってあなたにいいことないじゃない」
後日、主治医に思いを伝え、失恋し、友人や母親の役割を果たしつつ次の恋愛に気持ちが向いて、自傷行為も減った。
私のアセスメントとしては、通常は高校で恋愛したり部活動で仲間同士の社会的活動がある。10代で1年以上入院してそういう機会もない。一番近くにいる若い医師は恋愛対象になることは当然であり健康的な反応である。
発達段階、心理社会的側面のアセスメントの重要性を実感し、そこに気づき関わることで自傷行為自体が減る体験をした。(あれ?看護で良くなるんじゃない??)という気づきが急にスイッチ入り勉強した。中井久夫先生は、「治療できない患者はいても、看護できない患者はいない」と言ってる。ほんとだ!
このことの出会いで私はすっかり精神科看護が「看護」の原点であり、「看護」そのものだと感じ初めたのです。
この子に感謝です。
これ自体もう20年前なので、彼女も素敵な女性になり、少しはいきづさらがあっても一人暮らしをし社会とつながりをもって生活している。今でも年賀状、ハガキのやりとりをしている。応援しつづけたいし、私も応援してもらっている。これからもよろしく。
