夜勤明け、更衣室の鏡の前でふと肩を回したとき、ゴリッと鈍い音がした。首を左に向けようとしたら、途中で止まった。湿布を貼って、ドラッグストアで買った市販薬を飲んで、それでもまた次の勤務に出ていく——。そんな毎日を、もう何年続けているでしょうか。
私自身も30年間、肩こりと首こりとはずっと付き合ってきました。20代の頃は「若いから平気」と思っていました。30代で夜勤のペースが上がり、40代で腕が上がらなくなり、50代になって初めて「これは放っておいてはいけないものだった」と気づきました。今この記事を読んでいるあなたには、私と同じ遠回りをしてほしくないのです。
肩こりは「体質」ではありません。毎日の姿勢と呼吸がつくった、あなたの働き方の記録です。
「揉んでも治らない」のはなぜか——問題の本質
マッサージに行くと、その日は楽になる。でも三日もすれば元通り。この繰り返しに心当たりがある方は多いと思います。なぜ揉んでも戻ってしまうのか。それは、こっているのは「結果」であって「原因」ではないからです。
看護師の肩こりの本質は、筋肉の疲労そのものではなく、「緊張を解除するタイミングが一日のなかに一度もない」という勤務構造にあります。ナースコールが鳴るかもしれない、急変するかもしれない、点滴の残量が気になる——この「常に構えている状態」が、肩甲骨まわりの筋肉を勤務中ずっと収縮させたままにしています。
メンタルヘルスの視点で言い換えると、これは交感神経が下りないまま次の勤務に入る状態です。筋肉の問題であると同時に、自律神経の問題でもある。だから、筋肉だけを揉んでも戻ってしまうのです。とくに9月から10月にかけては、朝晩の気温差で自律神経が乱れやすく、夏のあいだ蓄積した疲労が「肩の重さ」という形で一気に表面化する時期でもあります。
あなたの肩が硬いのは、あなたが弱いからではなく、緩める時間を誰も与えてくれなかったからです。
看護師の肩こり・首こりを生む3つの原因
原因1:頭が前に出続ける「看護師姿勢」
電子カルテの入力、点滴の準備、採血、清拭、体位変換。看護業務のほとんどは、顔を下に向け、両腕を体の前に出した姿勢で行われます。頭の重さは約5〜6kg。これが前に傾くほど首にかかる負担は増え、角度によっては20kg以上に相当すると言われています。
私が病棟にいた頃、記録の時間だけで一勤務あたり1時間以上パソコンに向かっていました。しかも多くのナースステーションは、椅子の高さもモニターの位置も「調整できるのに誰も調整していない」状態です。まずここが、こりの土台をつくります。
原因2:緊張による「浅い呼吸」
これは意外と見落とされがちです。人は緊張すると呼吸が浅く速くなり、横隔膜ではなく胸と首の補助呼吸筋(斜角筋・胸鎖乳突筋)を使って息を吸うようになります。つまり、緊張している間じゅう、首の筋肉が呼吸のたびに働き続けているのです。
急変対応のあと、あるいは厳しい患者さんやご家族への対応のあと、肩がガチガチになっている経験はありませんか。あれは重いものを持ったからではなく、息を詰めていたからです。ストレスと肩こりが直結しているのは、この呼吸の経路を介してです。
原因3:空調と寒暖差による冷え
病棟の空調は患者さんに合わせて設定されます。動き回るスタッフにとっては暑くても、夜勤の明け方、ステーションで座っていると足元から冷えてくる。9月下旬のいま、外気は下がり始めているのに病棟内は夏のままという施設も多いでしょう。体温調節の振れ幅が大きいほど、自律神経は消耗します。血流が落ちれば筋肉に酸素が届かず、老廃物が溜まり、痛みを出す物質が停滞します。
解決方法:一日3回、合計5分の「緩めるスイッチ」
ここからが本題です。大切なのは、長い時間をまとめて確保しようとしないこと。看護師の勤務に「30分のストレッチ時間」など存在しません。だから私は、勤務前・勤務中・勤務後の3つのタイミングに、1〜2分ずつ分けて仕込むやり方をおすすめしています。
【勤務前・2分】肩甲骨を「剥がす」ウォームアップ
更衣室で白衣に着替えたあと、その場で立ったまま行います。
- 肩回し10回:指先を両肩に置き、肘で大きな円を描くように後ろ回し。肩甲骨が背中の中央に寄るのを感じながらゆっくりと。
- 胸ひらき20秒:両手を腰の後ろで組み、胸を天井に向けて開く。このとき息を吸いながら行うと、横隔膜も一緒に動きます。
- 首の側屈 左右20秒ずつ:右手を頭の左側に添え、ゆっくり右に倒す。引っぱらず、手の重みだけで。反対の肩は下げたまま。
ポイントは「勤務が始まる前にやる」こと。こってから緩めるより、こる前に可動域を広げておくほうが、はるかに効率的です。私はこれを「肩の申し送り前ルーティン」と呼んでいました。
【勤務中・1分】記録の合間の「リセット呼吸」
カルテ入力を15分続けたら、一度手を止めます。椅子に座ったまま、次の3つを。
- あごを引いて後頭部を真上へ(首の後ろを伸ばす)5秒×3回
- 4秒吸って8秒吐く呼吸を3セット。吐く時間を長くすると副交感神経が優位になり、緊張が抜けます
- 肩をすくめて、ストンと落とす5回。落とす瞬間に息を吐き切る
「勤務中にそんな余裕はない」と思われるかもしれません。でも1分です。トイレに立つより短い。この1分を惜しんだ代償を、私たちは何年も肩で払い続けています。
【勤務後・2分】寝る前の「寝たままストレッチ」
帰宅後や夜勤明けは、すでに体力が残っていません。だから立ってやるストレッチは続きません。布団の上で、寝たままできるものだけにします。
- バスタオル枕開き:丸めたバスタオルを背中の肩甲骨のあたりに縦に置き、仰向けで両腕を横に広げて90秒。胸が開き、丸まった背中がリセットされます
- ひざ倒し:仰向けでひざを立て、左右にゆっくり倒す。各10回。腰と背中の連動をほぐします
- 首の後ろを温める:蒸しタオルやホットアイマスクを首の付け根に。ストレッチの前に温めると伸びやすくなります
寝たままの姿勢は、余計な筋肉に力が入らないぶん、立位より深く緩みます。そして温めてから伸ばす順番を守ると、効果がまったく違います。
今日からできる具体アクション
全部やろうとしないでください。この5つのうち、今日はひとつだけで十分です。私がこれまで見てきたなかで、セルフケアが続く人と続かない人の差は、意志の強さではなく「始めるときのハードルの低さ」でした。
おすすめは「更衣室の肩回し10回」です。着替えという毎日必ずやる行動にくっつけると、意識しなくても習慣になります。行動科学でいう「習慣の連結」です。
そしてもうひとつ。痺れ、脱力、片側だけの強い痛み、頭痛や吐き気を伴う場合は、ストレッチではなく受診を。頸椎症や胸郭出口症候群が隠れていることがあります。私たちは患者さんには「早めに受診を」と言うのに、自分のこととなるとつい後回しにしてしまう。これだけは、どうか例外にしないでください。
続けるための「道具」という選択肢
気合いだけで続けるのは、正直むずかしいものです。もし何かひとつ揃えるなら、床に敷くものがあると体が動きやすくなります。フローリングに直接寝転ぶのはやはり痛いですし、「マットを敷く」という動作そのものがスイッチになってくれます。
呼吸のリズムがうまくつかめないという方には、ガイド音声のあるアプリという手もあります。夜勤明けで頭が働かないときほど、誰かに誘導してもらえるほうが楽です。
もちろん、バスタオル1枚でも十分に始められます。道具は目的ではなく、続けるための保険。こういう選択肢もある、くらいに受け取っていただければと思います。
あわせて読みたい
- 看護師の秋の不調に効く|夜勤明け5分の瞑想習慣|呼吸から自律神経を整える方法をさらに詳しく
- 看護師の食生活|不規則勤務でも整う7つの工夫|血流と筋肉の回復を支える食べ方の話
- 看護師の秋ゆらぎ肌|夏ダメージ回復ケア7選|寒暖差で乱れる秋の体をいたわるケア
まとめ:肩の硬さは、頑張ってきた証拠
今日の内容を整理します。看護師の肩こり・首こりの原因は、①前かがみの看護師姿勢、②緊張による浅い呼吸、③空調と寒暖差による冷え、の3つ。そして対策は、勤務前2分・勤務中1分・勤務後2分の合計5分を「分けて」仕込むこと。まとめて時間をつくろうとしないことが、続ける最大のコツです。
30年間、私はたくさんの看護師を見てきました。そして気づいたことがあります。自分のケアを後回しにする人ほど、患者さんには優しい。あなたもきっとそうでしょう。でも、自分の体をいたわれる人のほうが、結果的に長く現場に立てます。これは根性論ではなく、私が見てきた事実です。
肩が硬いということは、それだけ誰かのために手を動かしてきたということです。責めないでください。ただ、明日の更衣室で、肩を10回だけ回してみてください。それが、長く働き続けるための最初の一歩になります。
あなたのキャリアを応援します。

